東京地方裁判所 昭和33年(ワ)465号 判決
証拠を綜合すれば、原告深沢敏郎が昭和二十九年十二月二十七日、当時飯野孝が未成年であつたため同人の親権者たる父訴外飯野松吉及び「飯野孝の母」を法定代理人としてこれに対して金二十万円を弁済期昭和三十年一月二十四日、利息は年一割八分の約で貸与したこと、その際右貸金債務を担保するため、飯野松吉及び「飯野孝の母」が飯野孝を代理して、原告に対して本件建物に抵当権を設定するとともに、飯野孝が右債務を弁済期に弁済しない場合には代物弁済として本件建物の所有権を原告に移転することを約したこと、右契約に基き本件所有権移転請求権保全仮登記がなされたこと、及び飯野孝が弁済期を経過しても右債務の弁済をしなかつたので、原告が前記代物弁済契約により本件建物の所有権を取得し、本件本登記手続がなされたことを認めることができる。
ところで、民法第八百二十六条にいわゆる利益相反行為とは、親権者が未成年者を代表してなす行為自体を観察して親権者のために利益であつて、未成年者のために不利益である行為をいうのであつて、その行為自体を観察してこのような結果を生ずるものと認めることができない限り、たとえ、その行為の動機又は縁由の点において親権者のために利益で、未成年者のために不利益なものがあつたとしても、利益相反行為というべきではない。これを本件について見るのに、前記認定による消費貸借契約、抵当権設定契約及び代物弁済契約において、利害対立する。当事者は原告と飯野孝とであり、飯野孝とその親権者とは右の諸契約自体においては何ら対立する利害関係に立つものではないから、右の諸契約が利益相反行為であるということはできない。さらに民法第八百二十四条但書にいう「子の行為を目的とする債務を生ずべき場合」とは、例えば、子の身体の積極的動作を必要とする労務の提供とか、子の身体の消極的動作に関する受忍又は不作為などを目的とする債務を生ずべき場合を指すものであつて、前記消費貸借抵当権設定契約及び代物弁済のように「子の法律行為」を目的とする債務を生ずべき場合を指すものではない。何となれば、「子の法律行為」を目的とする債務は、親権者の代理行為によつて履行することができるのに対して、「子の事実上の行為」を目的とする債務は、子自身によつて履行することを要し、その結果子の行為の自由を束縛することになるので、子の行為の自由を保障するために「子の事実上の行為」を目的とする債務を生ずべき場合に「子の同意」を得なければならないとしたのが、同条但書の設けられた趣旨と解されるからである。
従つて、前記諸契約について飯野孝の同意があつたかどうかを論ずるまでもなく、その効力が同条但書によつて左右されるものではない。また、親権者が子を代理して第三者と契約を締結することが親権の濫用となるとしても、民法第八百三十四条によつて親権喪失の宣告の原因になることはともかく、単に親権の濫用であるというだけで、第三者の犠牲においてその契約が無効になるとすることは、相当でない。
してみると、本件における前記諸契約についても、飯野孝の同意の有無を論ぜず、親権の濫用を理由としてその効力を否認する被告の主張は採用することができない。要するに、前記諸契約は有効になされたものであつて、これに基く原告の前記各登記は何れも有効なものといわなければならない。
よつて、被告に対し前記各登記の抹消登記手続をすべきことを求める原告の請求を正当として認容し、また、被告が原告の本件建物の所有権取得の効力を争つていることも弁論の全趣旨により明らかであるから、被告との間に本件建物が原告の所有に属することの確認を求める原告の請求もまたその利益があり正当である。